瑠駆真だろうか?
彼とは、夏休み前の終業式以来会っていない。
成績降下の原因を押し付けて、激しく罵倒した。
ぼんやりと、思い返す。
正直、今となってはそれほど腹も立たない。
夏休み中間に行われた模試には自信がある。今度はちゃんと見直しもした。解答ミスはないはずだ。
だがあれだけ罵った手前、今ここで、どう言葉を交わせばよいのだろうか?
いっそ私のコトなど、諦めてくれればいいのに。
……………
彼の言う恋心が、本当だと言うのならね。
慌てて付けたし、頭を振る。
もし聡だったなら―――
背中が疼く。全身を締め付けられるような圧迫感。
逃れられない束縛感。
思い出したくない情景は、グラグラと不安定で落ち着きが無い。
ゆらゆらと、思考が揺れる。
押し倒された恐怖感。
聡とは、あれほどに強引で自己中心的だったのか?
「だってお前の部屋、落ち着くんだ」
屈託の無い笑顔で美鶴の家に入り込んできた聡。あの頃から、聡は美鶴のコトを、情事の対象として見ていたのだろうか?
それとも、女だったら誰でもいいのか?
腹が立つ。
里奈に欺かれていたように、聡もまた、本性を隠していたと言うのか?
私は、また騙されていたのか?
…………
そうだ。騙されていたのだ。だからもう誰も信じないと、そう決めた。
…………
決めたのに、なぜ腹が立つ? なぜ苛立つ?
わからない。
混乱の中で、ふと我に返る。
足音の主は、駅舎の中に入ってきたはずだ。もうそばに、誰かがいるはずだ。
だがその何者かは、いまだ一言も発してはいない?
?
疑問に思う頭の中に、ボーッと薄い靄が漂う。なんだか少し、クラクラする。
何だろう?
ゆっくり考え、両手で覆った暗闇の中で小さく瞬いた。
何の臭いだろう?
ボンド? 違う。 マジック? 違うな。
小さい頃、車の真後ろに立っていて、排気ガスを思いっきり吹きかけられたことがある。
でもその時の臭いとも少し違う。
鼻を突く刺激臭を、過去の記憶と照らし合わせる。似たような臭いは知っているが、どれも少し違うような気がする。
何だろう? いや、それよりも―――
誰?
無言で見られているような感覚に居心地の悪さを感じ、ゆっくりと顔をあげた。強く両手で顔を覆っていたため、視界がボヤけて掠れる。
その掠れた視界が、真っ暗になった。
――――っ!
一瞬で押し倒される。椅子と地面に身体をぶつける衝撃。慌てて振り返る顔に、押し付けられる。
「うっ!」
ものすごい異臭。噎せると同時に頭を床に叩きつけられた。
カランカランッと缶が落ちた。中から少し、液体が零れる。
白みがかった視界の中に、さらに白い肌が光る。少し紫がかった薄い唇。
ゆっくりと、開いた。
「会わせてあげるよ」
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