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【アラベスク】  第6章 雲隠れ (前編)



第2節 休み明け [13]




 瑠駆真だろうか?
 彼とは、夏休み前の終業式以来会っていない。
 成績降下の原因を押し付けて、激しく罵倒した。
 ぼんやりと、思い返す。
 正直、今となってはそれほど腹も立たない。
 夏休み中間に行われた模試には自信がある。今度はちゃんと見直しもした。解答ミスはないはずだ。
 だがあれだけ罵った手前、今ここで、どう言葉を交わせばよいのだろうか?
 いっそ私のコトなど、諦めてくれればいいのに。
 ……………
 彼の言う恋心が、本当だと言うのならね。
 慌てて付けたし、頭を振る。
 もし聡だったなら―――
 背中が疼く。全身を締め付けられるような圧迫感。
 逃れられない束縛感。
 思い出したくない情景は、グラグラと不安定で落ち着きが無い。
 ゆらゆらと、思考が揺れる。
 押し倒された恐怖感。
 聡とは、あれほどに強引で自己中心的だったのか?

「だってお前の部屋、落ち着くんだ」

 屈託の無い笑顔で美鶴の家に入り込んできた聡。あの頃から、聡は美鶴のコトを、情事の対象として見ていたのだろうか?
 それとも、女だったら誰でもいいのか?

 腹が立つ。

 里奈に欺かれていたように、聡もまた、本性を隠していたと言うのか?
 私は、また騙されていたのか?
 …………
 そうだ。騙されていたのだ。だからもう誰も信じないと、そう決めた。
 …………
 決めたのに、なぜ腹が立つ? なぜ苛立つ?

 わからない。

 混乱の中で、ふと我に返る。
 足音の主は、駅舎の中に入ってきたはずだ。もうそばに、誰かがいるはずだ。
 だがその何者かは、いまだ一言も発してはいない?
 ?
 疑問に思う頭の中に、ボーッと薄い(もや)が漂う。なんだか少し、クラクラする。
 何だろう?
 ゆっくり考え、両手で覆った暗闇の中で小さく瞬いた。

 何の臭いだろう?

 ボンド? 違う。 マジック? 違うな。
 小さい頃、車の真後ろに立っていて、排気ガスを思いっきり吹きかけられたことがある。
 でもその時の臭いとも少し違う。
 鼻を突く刺激臭を、過去の記憶と照らし合わせる。似たような臭いは知っているが、どれも少し違うような気がする。
 何だろう? いや、それよりも―――

 誰?

 無言で見られているような感覚に居心地の悪さを感じ、ゆっくりと顔をあげた。強く両手で顔を覆っていたため、視界がボヤけて掠れる。
 その掠れた視界が、真っ暗になった。

 ――――っ!

 一瞬で押し倒される。椅子と地面に身体をぶつける衝撃。慌てて振り返る顔に、押し付けられる。
「うっ!」
 ものすごい異臭。()せると同時に頭を床に叩きつけられた。
 カランカランッと缶が落ちた。中から少し、液体が零れる。
 白みがかった視界の中に、さらに白い肌が光る。少し紫がかった薄い唇。
 ゆっくりと、開いた。

「会わせてあげるよ」







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